N_D8E8316

勃発した雨漏り疑惑で悶々としているワタシを横目に、ダンナは前回伐採した木の山を眺めては「薪ストーブがあればな。有効活用できるのに」と聞こえよがしにつぶやいている。

伐採した木はそのまま放置しても土に還るには気の遠くなるほどの年月がかかる。廃材屋に頼めば結構な料金を請求されるようだ。ではどうするかというと、地域指定の方法でゴミの日に出すか、もしくは燃やして灰にするのである。
幸いこの地域は、「焚き火、そのほか日常生活を営む上での軽微な焼却」であれば焼却が認められている。
庭木は数週間放置して乾燥させ、こまめに燃やしてしまうのだ。
木片を乾燥させている間、庭は廃材置き場と化す。
思いかえせば、夏は山ヒルだらけのジャングルだったし、廃材が山と積まれた現在は「底を打った感」がなきにしもあらず。
なんとなく未来に希望が持てる。

Nikon_D8E7667
▲2012年の様子

その枯れ木の山を防風林に見立てたのか、その晩、見事な角をたくわえた牡鹿が枯れ木山の中に座り込んでいるのを見つけた。
テラスに出て懐中電灯を当てると、大きな目が反射して光っている。
こちらを悠々と眺めるだけで、逃げる気配もない。
農村部では、鹿やイノシシ、猿の被害が深刻化していると聞くが、それらの動物を動物園でしか見たことがなく、「動物をいじめてはいけない」といわれて育ったわれわれのような世代は、そう簡単に攻撃にでられるものではない。それに、怖い。
以前、隣の美しい芝生の庭を闊歩し、うちの廃材置き場に迷い込んだ子鹿同様、その晩の牡鹿も人間を無害な動物だと確信しているようで、見事に警戒心が薄かった。荒れ放題の庭を時折訪ねてきていたらしく、翌日、枯れ草の中に直径1センチほどの丸い糞を大量に見つけた。
住処をシェアしている牡鹿とわたしたち。そう思ったら、急にとても複雑な気分になった。

コメントを残す

Name and email are required. Your email address will not be published.


CAPTCHA